岡山ライオンズクラブは35名のチャーターメンバーにより日本で8番目のクラブとして1954年に誕生しました。チャーターナイトの興奮もさめやらぬその年5月よりエクステンションの活動を開始し、津山クラブを初めとして県内11クラブ県外4クラブと、遠くは新潟・富山まで及びました。各地に蒔かれた一粒の種は、花を咲かせ実をつけ大きく成長しています。
今日まで原勝巳、根岸博、原悦次、大岸満正、植本辰雄、大谷博と6名のガバナーを輩出し、日本のライオンズの発展と、ライオニズムの高揚に多くの功績を残しています。また、1961年知事であり当クラブ会員の故三木行治(チャーターメンバーで8代会長)は「耳には音を、目には光を」と自ら献眼登録第一号となって広く範を示したことが多くのライオンズクラブの共鳴を呼び、今日のアイバンク運動に発展しています。
我々はこの輝かしい伝統を受け継ぐとともに、2013年には「岡山さくら支部」を設立し、時代のニーズにそくした奉仕活動を実戦しているクラブであります。
会 長 大谷 博
会長スローガン
『「to move forward」前進 』
岡山ライオンズクラブ第70期会長を仰せつかりました大谷博です。私は、第51期に会長をさせていただきました。早いものであれから20年近くがたちました。その頃のライオンズクラブと現在のライオンズクラブは大きく変わってきています。また、会則も大きく変わりました。
私は、この間、地区ガバナー、336複合地区の協議会議長、日本ライオンズの理事、LCIFサブエリアリーダー等を経験させていただき日本のライオンズ、世界のライオンズを見させていただきました。その経験からしますと、当時の岡山ライオンズクラブには違和感を感じていました。
福岡でのエレクト研修会では、盲目のガバナーエレクトがおられ奥様も白い杖を突いてました。日本ではありえないことですが、世界では、目の不自由な方でもガバナーが務まるのだなと考えてしまいましたがおそらく、地区のメンバーの皆様の力を借りて地区の運営を行ったのでしょう。このように目が不自由な方でも運営ができるのがライオンズクラブかもしれません。
これからは、奉仕事業主体のライオンズクラブにするために若い力を結集して行動できるライオンズクラブに変化させなければ発展はないと考えています。
陽気に、元気に、生き生きとライオンズの活動を楽しみながら前に進めていきましょう。一年間楽しくやるためにもあなたの力を貸してください。
第69期は、募金活動、アクティビティと例年にない活動をしてきました。この流れを第70期にも繋げそれ以上に前進させていきますのでメンバーの皆様のご協力をお願いします。
岡山ライオンズクラブの新しい伝統と歴史を創っていきましょう。
幹 事 渋江 基史
会 計 佐々木 孝之